ロベルト・ロッセリーニ:『自伝のようなもの』

目次

序文 イザベラ・ロッセリーニ
  1. スペクタクル社会
  2. 無知
  3. とてもイタリア的
  4. フランス人たちに
  5. 家族
  6. ある銀の箱について
  7. インド
後書き ステファノ・ロンコローニ

[]は訳注。

スペクタクル社会

1977年1月14日[なお、ロッセリーニの死は同年6月3日]

この本は決定的に政治的な行為である。というのも、スペクタクル[見世物]というもの、つまり、本質的にスペクタクルの社会となり視聴覚メディアに非常に感染された私たちの社会における視聴覚表現が落ちぶれていった、あの滑稽なフィクションを告発するからだ。人間の歴史上初めて、私たちは、文化的遺産を前提にする文章とは違う、普遍的で無媒介的なコミュニケーション手段を手にしている。だが、それで私たちは何を作ったのだろうか? 何もかも腐敗させる一種のサーカスである。例えばテレビでは、政治家たちはコミュニケートはせず、俳優となって物語るだけだ。心をメークアップし、「上手くしゃべれたかな?」というわけである。逆に、多くの俳優たちが自分を政界の有力人物と思っているのも事実だ。このように私たちは、道化師やら党首やら国家元首やらの混ぜこぜの前にいるわけだ。ネロ[古代ローマ帝国の、残虐さで有名な皇帝]は遂に勝ったのである。

西洋世界の市民社会は危機にあるのか否か? この質問をすることは、必然的に一つの答えをほのめかす。もし危機にあるのなら、それを変えなければならない。だが、可能な唯一の変化は文化的なものであり、行動や観念への深い反省がまず必要になる。このためにマス・コミュニケーション・メディアを使わなければならないのだ。だが、これまで、この目的のために使われていただろうか? 断じて、そうではない。それは世論を、まるで石のような大流氷原にするために使われたのだ。私たちはシロクマであり、沈黙と寒さのシナリオのシロクマ社会に生きているのである。

毎度のことながら、こうした逸脱は、特権者たちが自分をおびやかす知の強い圧力に対して自らの特権を守ろうとする意欲で説明できる。

知は、結局のところ、権力なのだ。かつて、科学、政治、宗教、社会、経済などさまざまな領域であれやこれやを手に握っていた人々は、限定されているからこそ制御可能な普及方法である言葉や文章をとおして、文化の流れを自分の意志で規制できていた。今日、彼ら、または彼らの末裔たちは、視聴覚メディア、特にテレビによって可能になった知の平等を前にしてパニックになっている。つまり彼らは、技術的手段の使い道を気晴らしのために限定しようと、死にもの狂いになっているのだ。だが、人は気晴らしだけで生きることはできない。

今や全世界の人々が、300万キロメートル以上離れた火星の上で撮影した写真が電波でパサデナ[ロサンゼルス近郊の都市で宇宙関連の機関がいくつかある]に送信され、人工衛星を通し五大陸に伝えられ、直接見ることができるのだ、ということを考えてほしい。宇宙の発見に向かうのは、科学者たちと同時にそれを見ることができる、カリフォルニアの綿花摘み女や東京の金属技師やナポリの漁師なのだ。そして、その写真には極小の砂や、微かな宇宙塵など、すべてがある。格別ではないか?

どちらかと言えば、このジャンルの放送が例外ではなく、好奇心を刺激しそれを満足させる可能性をもった文脈が観衆に提供され、星の間を横切る人間の輝かしい行程が単なる見世物にされなかったとすれば、そうだったろうに。人間の意識の一つの契機になり得たものは、サーカスのショーに変えられた。「みなさん、着陸します! 着陸しました! ただ今現地時間でちょうど15時、生中継です。みなさん、人間の手で操作されるカメラがこの無限の宇宙を撮影している初の映像をご覧ください……」。太鼓とまたたきの連打だ。むしろ問題だったのは、人間の歴史上の最も重要な質問の一つに答えることだった。火星には窒素があるのか、つまり太陽系に他の生命があるのかを知ることが必要だったのだ。

私たちは、なんという道化の類になってしまったのか?

結局、私たちには、持っている技術にふさわしい教育が欠けているのだ。もし存在するのなら、全員がそれを受けるための物理的な手段を持つことが、とにかく必要だろう。

1906年に私が生まれたとき、世界の人口は18億人に達していて、特権的な少数が非特権的な多数を支配していた。昨年、人口は40億を超えた。そこで、この増加はどのようなタイプの社会に向かい、何をもたらしたのかが問われた。答えは、非特権的な大衆が発展したということだ。

同じ瓶の中にこの大勢の人を詰め込もうとされてるわけだが、4回は使えるが10回は使えないように作られた瓶である。だめだ! 瓶を変える必要がある。つまり社会の価値観を、具体的には、世界の人口の使い方を変える必要があるのだ。

二者択一は、こうだ。ある人々が侮蔑をもってやっているのだが、人類は、知的な少数が際だつくらいの巨万の馬鹿者たちで成り立っていて、こうした場合、会話は無駄だし、周知のように馬鹿者たちは何にでも満足するのだから万事うまく行くのだと、考えられている。一方で、人間は他の動物と違い頭脳に恵まれているとも考えられている。であれば、なぜ、人間の知性の可能性のこのような馬鹿げた無駄使いを犯してしまったのだろうか?

私はこの主張によって、道徳的な視点ではなく、むしろ科学的な視点を示したいのだ。道徳はこの議論とはまったく関係がない。物をそのものとして見て現実に直面し、すべての物事をテーブルに並べる勇気を持ち、診断し、問題を解決するための最も知的な方法を探求できることが必要なのだ。これは全面的な選択だ。そして私にとっては、15年間、教育的な情報のスタイルを広めようと努めている職業的な選択でもある。

教育という言葉は嫌いなのだが、他に良いものがないので利用している。私たちがこれまで受けて来た教育は、去勢だ。それは、便利な人間を作るためのものなのだ。万事にうまく行く人間とはどのような者か? 従う人間だ。教育する権利を数世紀にわたって保持したカトリック教会は、武力の脅威のもとで、良い市民を量産する政治的な必要性に適応し、すべての教会は世界中至るところで、その例にならった。その後に起こった世俗的な教会もそこに含まれる。このとき、少しは満足な道に出られるかもしれなかったのだが。

楽天的な唯物論の批判者だったエンゲルスは『反デューリング』の中で、人間は野蛮だが、その野蛮さから抜け出すためには野蛮な手段を使わなければならないのだと言った。本質的な主張である。だが革命が終った今、より洗練された行動を見つける時期に来ていると思う。それなしでは、別の種の野蛮さに戻ってしまうだろう。

世界は、栄養が足りていてわがままもきく10億人と、何も持っていない30億人から成っている。もしこの30億人が、いつの日か口に何も入れられないようになったとしたら、彼らに隠れて食べていた、少なくとも、彼らを食卓に招く親切心はなかった太った10億人を食べてしまおうと決意するのではないか? 西洋人のトリッパ[牛の胃の料理]は、いったいどんな味だろう? この新たな人食いも、結局は、単なる報復にしかならず、長い目での解決にはならないだろう。最後には、塩漬けで保存するときでも、冬の備えに十分だしちょうど良いように、すべてのデブを3つに切り分けるといったことになるに違いない。大事なのは、想像し得るすべての可能性だ。

だからこそ、共通の利益にとって教育の改革が必要だと私は言うのだ。では、それぞれの利益は何か? 映画人のは? 資本家のは? 労働者のは? そうではない。人類の利益だ。その定義を探そう。そうすれば、残りはかなり簡単に行くはずだ。

私が考える教育とは、示す[dimostrare]のではなく、見せる[mostrare]ことにある。技術的な視点では、映像の中に無限の物事を入れ、絶対的な客観性を保持する手段が今や存在している。例えば、一つのショットの中に、小さなものから大きなもの、ミクロンから無限大まで、すべてのモデルを使うことができる。結果として人間の目は、現代の映画カメラのおかげで、世界史上初めて、自分の限界を超える視線を備えることができ、外観の下の現実をとらえることができるようになったのだ。人間が喜びで飛び上がるに違いないほどの信じられない進歩である。

だが残念なことに、人はまだそれに気づいていない。というのも映画は変わってしまった、少なくとも、モンタージュ[編集]の芸術に変質してしまったからだ。

考えてみるに、一つの奇妙な堕落が問題なのだ。人々は数世紀にわたって世界を表現する手段を追い求めたが、遂にそれが可能になると、「私たちは自分のつまらない美的感情の方が好きだ」などと言ってそれを軽蔑する。私には、こうした拒絶は奇妙なマゾヒズムから生まれているように思われる。

絶望は実際のところ、この世界の印だ。そして映画は、世界的な絶望の最も重い徴候の一つなのだ。犯罪はいずれにせよ起こるのだが、盗みと殺人について、大学の中で、犯罪ではないにしても、少なくとも犯罪の手口が作られるようになってしまった有り様を見ればよい。ニースで盗まれたのは、ヴェルヌイユの映画なのだ!

映画の経済的構造を見ればよい。それは苦悩に満ちた構造だ。働く人々は、どうせ何も上手くいかないだろう、続く限りは利用しなくてはと、重苦しく確信している。破局から容赦された日々は、神の贈物だから、硫黄色の小さな雲[フィルムの意味か?]を目の端で監視しながら、せいぜい利用させてもらおう、というわけだ。

したがって映画は、もはや資産を実らせ一定期間配当を得るために資金を投資するという任務の資本主義的システムには属していない。横柄にも、現在にだけしか関心がない投機システムの中に入ったのだ。プロデューサーは、馬の調教師だが、レースでは同時に賭けもするのである。誕生日と車の登録番号の一致を作り出すのだ。競馬マニアとしてレースの結果、水曜日の17時に入金が決まると、14時に封切られたフィルムが大儲けになるか大損するかというときでも、いつも、損した方が国税局をだませるのではないかと期待したりするのである。

映画はスペクタクルの世界の明らかに基本的な外見に過ぎないが、スペクタクルの世界とは、仲買人、仲介人の社会だ。そこでは、文化的な面でも経済的な面でも何も得られることはなく、彼らはいつも並んだ二つのテーブルの間に入り込み、通りすがりにパンをつかもうとするのだ。そのうえ、映画は借入金と収益金の区別をしないことは言うまでもない。

なぜか? 借金は、債務者が刑務所の病室の中で心筋梗塞で死ぬ以外でも、放ったらかされた妻や、それを得たがる彼女の夫に殺されて支払期日前に死んだときだけは、帳消しになるのだ。

要するに、映画には苦悩を超える地平はないのであり、この苦悩は映画にとって薬のように親しいものだし必要なのだ。金を失うことを恐れて生きているプロデューサーは、儲けてしまうことの方をもっと恐れている! 彼らの儲けが押し込み強盗から来ているのは本当なのである。まさに映画の強盗だ。どこが違うのだ?

必要なのは、映画だけでなく、あらゆる視聴覚メディアについての全体的なプロジェクトを練ることだろう。こうしたプロジェクトにおいては、映画は独占的に役に立つものだとは自賛できないだろうし、少なくとも一部の投資は社会的な目的を持つかもしれないといったところだ。残念なことに、映画はこのような努力には無力である。一方テレビに関しては、消費社会と国家独占という二重の問題を抱えており、後者はしばしば前者と自然な同盟を結んでしまう。

とはいえ、是が非でも、このプロジェクトは実現されなければならない。いつの日か実現すれば、それこそが、全人類が溶岩に埋もれるのを救う意識を与えてくれるだろう。

小さなころ、私はこのプロジェクトの一歩を踏み出したかったし、この15年かそこらもそうで、『パスカル』『鉄の時代』『救世主』『ルイ14世の権力取得』といった一連の「教育」映画を撮ったのだ。

以前は、私も私なりの方法でスペクタクルを作っていたものだ。『無防備都市』は、社会の分析を含んではいたが、美的秩序についてはかなり曖昧であった。それは無自覚な映画だったのだ。自分が作っているものと自分が作りたいものを自覚した日、私はそのシステムから出て、私を幽霊のように考えて仕返ししてくるこの外見の世界を捨てたのだ。

「ロッセリーニって、まだ生きてるのか?」。何年か前、私の友人に、イタリア最大の配給業者の一人が尋ねた。彼が言いたかったことはこうだ。「誰も彼の映画を配給しないのだから、私は彼には出資できない。もう死ぬべきなんだ!」。論理的な態度である。こうした人々が私の仕事を用意しないのは明らかだ。

こうした誤解は、比較的晴らしやすい。私がスキャンダルにならずにやったように、映画の商売は世界で独占されているわけではないし、人々は視聴覚的なものを与えてくれる――または与えてくれるに違いない――民主的かつ世界的な普及手段を、知っている限りは使いたいと思っているのだと言えば、十分なのだ。すると、商売人は振り返り、視線を受けて一種のパニックになりながら、言うだろう。「ロッセリーニ、ああ、そのとおりです。あなたは教育者ですね!」。まるでロボットになったか、狂気に取り付かれたかだ。それは、ひどくはないし、むしろ面白いものである。

ほとんど同じくらい厄払いしやすいのは、知識人によって不和にされた密かな別離だ。『無防備都市』に関して「偉大なロッセリーニ」などと言う人々は、『権力取得』の映像の中に似たようなものを見つけようとし、『救世主』についてはこう言うのだ、「興味深いものがあった」と。丁重な雰囲気を装いながらも、歳だけにメッキが剥がれたが古き美の徴候をいまだに持っている作家を思い出すにはどうすればいいか、少々当惑している。こういうのも、たいしてひどくはない。知識人とは、そもそもスペクタクル社会のものなのだ。彼らにはアリバイがあり、美学の名のもとに、真の本質は明らかにせず、あれやこれやの宣言に懸命になっているのである。

美学とは、金の権力を正統化するために常に利用できるものだから、これほど危険なものはない。なぜなら、美学じたい、花開くためには金が必要だからだ。唯美主義者は、いつも宮殿の玄関の階段で生きているのである。

私の作品を繰り返してしている人々の間違いには、大いに悲しくなる。ヌーヴェル・ヴァーグの監督たちは、私の例のおかげで、犯罪映画、西部劇、アクション映画、心理ドラマ、ホラー、ファンタジーなどの既製のカテゴリーをも「スター・システム」をも避けることができ、商業的な基準にのみ強いられていた映画を解放できたと主張し、それを理解したいと思う人々に繰り返した。ある意味では、彼らは私の子供たちだ。少なくとも、ロッセリーニの血縁であることを要求している。

だが、そうだとして、私が彼らに残した以上のどんな遺産を彼らは作ったのか? 「作家の映画」なのだ。この20年、他とかけ離れた状況をつくったゴダールは例外的で、私もそうしたところに戻るのだろうが、彼らは、思春期の悩みを飽きずに物語っている。そんなに金の権力から映画を解放しようとして何になるのだろう。そうすれば個人の幻想の思春期にちょうど当たって、それが集団的なものになり成功が期待できるのだろうか? こうした勘違いは、ほかのものよりはかなり重症で、なぜなら、彼らの目的からもずれているし、私の大きな希望である「自覚」を裏切るものだからだ。

結局、私は孤独に襲われた。注目のまっただ中で芽を出し花開く、か細い孤独だ。私はよく研究された。パリに行くと、鞄を開ける間もなく電話が鳴る。私のメッセージを拾おうとマイクがしょっちゅう差し出される。どうしてこんなことをしなければならないのか? 要するに、私の周りはたいへん騒がしいのだが、それは私を理解しないためなのだ。離れていたいということを忘れられはしなかった。彼らが私のために発明してくれたのは、シネマテークという領域に私を閉じ込め決して外へ出さないという、心地よい幽閉だけだった。

今や、私について行われてきた根本的な間違いを正すときだ。「私は映画人ではないのだ」。

この分野でまずまず無事に切り抜けて来たとはいえ、映画は私の仕事ではない。私の仕事は、日常的に学ぶ必要があり、決して描写し終らない仕事、人間の仕事だ。では、人間とは何か? それは、世界を見るために地に足をつけてまっすぐに立っている存在だ。私の情熱は、たぶん狂気でもあるのだろうが、毎日少しずつ理解することだ。もし、私が車に持ち込む鞄を開けてみれば、どこに行くときでも、十数冊の本でいっぱいになっているのがわかるだろう。

「言いたいことは何なんですか?」

「マルクスや、コメニウス[教育学の祖とされる17世紀の学者]、バルザック、聖パオロ、孔子など、人類の全作品だ」

精神に国境はないのだ。残念ながら、知についての小さな税関吏はまだたくさんいるが。

私はいつも科学的な分析をしようと努めていて、この意図には挑発的なものは一切ない。だが、ロマン主義以降、魔術師である芸術家や、未来の振動に同調できるアンテナをもった予言者の賞賛をとおして、価値観の一種の堕落が証明できると思われる。私個人には霊感などはない。私は、一歩また一歩と歩みを進める愚かな人間にすぎず、いわば、真実の脂身を毎日少しずつかじっている知の鼠なのだ。私に似たような人々のための二、三の小さなことは見つけられたと思う。

無意識で何が起こっているかを見てほしい。私の言う無意識とは、私たち自身の本能的で貪欲で動物的な部分であり、私たちが中に入り、支配したいとせき立てられるあの恐ろしい夜のことだ。人間の条件は、自然の状態を受動的に生きることはできないように作られているからだ。数世紀にわたり宗教は、哲学もそうなのだが、この陰の領域を時に決定的に退けた。場合によって、悪魔的とか野獣的とか定義することで厄払いしたのだが、あまり近くまで見には行かないように注意していたのだ。

後に、マルクスが登場して、集団を理解しその行動を導くために、彼が非人間性と名付けたものの重要さを強調した。その後、フロイトが現れ、精神分析によって、彼が「エス」(それ)と呼ぶものについての非常に科学的な次元を与えた。つまり、人間のまさに非人間的な部分で、もし権力を手にしたら、食べる、飲む、女やヤギを辱める、襲う、反抗するものを殺すといった感情のすべての妄想の虜にしてしまうもののことだ。

さて、この根本的な発見はどうなったのか? しかるべく縮小されて、今日のすべての知識な練習問題が行われる台座にされてしまったのだ。今や、反省や創造、行動に独占的に着想を与える闇のようなものなのである。そのため、不完全な真実に基づいてはいたが少なくとも二本足で歩んでいた一時期の二流文化の代わりに、今は、骨抜きにされ、一つのことにすがりつき、対話が不可能になり、少なくとも著しく貧しいものになってしまう二流文化があるのだ。

おそらく私は、こうしたことを自分の孤立を茶化すためだけに言っているのだろうが、自分の周りの世界を注意深く観察し、物事のしくみがどのように働いているのかをはっきりと――と自分では思っているが――見ることは楽しいものだ。

私が没頭するささやかな慰み――まだ元気いっぱいなのだが時々弱さが幅をきかすのだ――の一つは、バルザックの偉大さと不幸さをじっくり考えることだ。彼もまた、非凡でまさに科学的な発明である客観的視線を、パリの120万人の中で10万人の泥棒と10万人の警官が戦っていた当時の社会に向けて、投げかけ始めたのだ。場面を描くにも、彼のペンにかかっては、花で飾ったりする必要はない。バルザックの文体は完璧であり、言い替えれば、完璧に主題に適合しているのだ。だが、飾った文体の時代に生きていたため、彼は書き方を知らないなどと非難されたのである。

お笑いだとは思わないか? 私はそう思う。

時おり私には、自分のとってきた立場の不快なほど実践的な姿について考え込むことすらある。私は文筆家ではない。彼らは、もっともらしさに満足し、将来の航海者に向けて自分の島から瓶を海に投げ込んだりするだろう。私が作っているタイプの作品は、個人的な表現行為にしては、莫大な単位の金がかかり、膨大な長さのフィルムが必要で、産業構造が求められる。これが、映画の根本的な問題なのだ。

というわけで、私が言うことは、ある程度の含蓄が含まれていることもあり、受け入れられないのだ。私を人畜無害にするために、人は私に大いなる敬意を表し、私の作品を美学に戻し、私の思想の中で面倒な部分はすべて消してしまい、そして私を――これは悪意ではないと思いたいが――この時代において有名でもあり無名でもある映画人の一人にしてしまうのだ。これは徐々に成し遂げられたひどい横暴であり、この本が(たいした金をかけずに)消し去りたいと思っていたものは、それなのだ。

だからこそ、私の歩みの異例な姿については、我慢できないくらいに我慢強く、よりいっそう主張しておく必要がある。遠くから見ると、馬の群の中に普通のおとなしい馬が一頭見える。だが近付いて見ると、それは一角獣で、額の真中にある角によって群に革命をもたらす危険なものなのだ。

私が言っていることは、見ためにはかなり人間的で、やさしく、明確だろうが、多くの抵抗が対立してきている以上、決して明らかではないのに違いない。プラトンは、諸観念は相互に無関心ではなく、例えば長方形の観念は球の観念を排斥すると断言した。私は、こう認めざるを得ない。映画についての私の観念は、世界で受容されているようなスペクタクルの観念とは対照的であり、それは文化的レベルだけではなく、政治的、経済的、社会的、科学的なレベルでも対照的なのだ、と。

映画についての法律は、他の市民とは違うこの職業の従事者によって書かれたのだが、スペクタクルの堕落の象徴だ。それは、さまざまな国が映画というこの新しい言語に向かい合わざるを得なくなったとき、公布された。一種の暫定的な構造を創設し、映画を産業に育成する便宜を与える目的があったのだ。

今や、産業は生まれたのに、法は元のまま残っている。ここから、すべての一連の不条理な結末が生まれ、中でも最もひどいのは、一つの職業でしかありえないエリートを創造したことだ。どのような人であったとしても、誰が、スペクタクルの人々に他人に対する優越感を持たせるという権利を持っているのか? こうした状況が生き延びていることこそが、想像できないほどの金を彼らにもたらしている。台座の上にいるときは、真実を教えるのには良い状態ではないのだ。ソクラテスは相手に応じて語ったし、イエスもそうだ。そして、マルクスも。

フランスでは毎年、「文化振興」と定義されるもののためにどれほどの金が使われているかを考えてほしい。オペラ、文化施設、映画、テレビなどに、国家が多大な額を出資している。結果は微々たるものだ。なぜか? その金が下手に使われているからだ。では、なぜ上手く使われないのか? 他の国と同様にこの国にも、真の理論が欠けているからなのである。

私は、文化省の金は使わない。その課題は簡単ではないのだ。私たちが過ごしているような予算の少ない時期に、例えば、演劇の文化振興の理念はどのようなものになるか? 明らかに何もないのだ。あるいは、理念がありすぎて、まるで選べなくなってしまうのである。

大衆的でないスペクタクルへの貸し付けを倹約すべきなのか? それは、大衆的な作品を奨励し、萌芽期の実験的な演劇の芽を摘むことと同じだろう。では、満員になっていたり入場料が手ごろな作品への支援を取り止めるべきなのか? だがそうなると、成功が罰せられることになり、文化的生活にかかる費用は上昇するだろう。

確かに解決は簡単ではない。内閣が変わるにつれて、状況は込み入ってきた。なぜなら、重要なのは、人の問題ではなく、機能の問題、つまり、選択の問題だからだ。

始めに言っていたことに戻ろう。問題は、生まれながらにして政治なのだ。この言葉は、ここではパルチザンといった意味ではなく、広い意味で理解されなければならない。諸政党は常に一つの枠組み、一つの話法、一つの外見、一つのスペクタクルの中に君たちを閉じ込める。一方、我々が語っているのは、人間の全体的自由のための一つの作戦であり、そこに参加するのは、この惑星に住む40億の頭脳なのである。

もちろん政治的選択は、しかるべきときになされなければならない。視聴覚的なものを振興するにせよ、インフルエンザのワクチンを探すにせよ、結局のところ、すべては政治的選択によってなされるのだ。だが、それは行動の途中の最後の休息にすぎないはずである。

何よりも、思考の1本の線を定義する必要があり、それは必然的に科学的でなければならない。我々の問題にとっては、映像の「生物学的な」真実の助けを借りて、すべての頭脳の差異を何よりも加護できる意識のプログラムを探さなければならないのだ。

もう一度ここで、多くの人が気がついていない良い知らせを伝えよう。エウレーカ![見つけた] 人間は映像を考案したが、映像はすべてを受け入れ、すべての差異を集めて処理し、完全になることができるのだ。その話法は、論争のためのものではない唯一のもの、真に政治的な次元に達する唯一のものであり、実在の諸政党がやっている標準化とは正反対なものなのだ。映像を使うことによって、人類の新しいプロジェクトを築くことができるだろう。

未来を築くために急がなければならない。我々が生きているのは、現実の時間だけなのだから。

とてもイタリア的

アッシジの聖フランチェスコについての私の映画[『神の道化師、フランチェスコ』(1950)]の上映の後、ある人が機知に富んだ質問をした。

「あなたの描いた聖フランチェスコがドン・キホーテに逢ったとしたら、彼は何と言うと思いますか?」

「何時ころに逢ったとしたらですか? 夜明け? 昼間? 星が輝く夜?」

「朝だとしてです」

「であれば」と私は答えた。「彼は言うでしょう、『おはようございます』と」

今日の世界の精神の病の一つは、目立つために何でも知的にしたがるということだ。何とかして独創的に思われようと、石鹸の泡のようなパラドックスを吹き出す必要があるわけだ。

この種の知的ペストは、とても卓抜で慎重な人々をも冒し、自制心なしにグロテスクで不吉な遊びに身を委ねさせる。それは会話の正反対で思考の死の兆しであり、独創性が必然的に不条理をもたらすのだから、つまりはナンセンスで、現実の拒否なのだ。

私たちは、不条理のシステムの最終的な結末にたどり着いている。

イタリア人は、この悪魔払いについてはたいへん上手いと考えられてきた。特にフランス人の目にはそう見えるようで、彼らはローマやナポリの路地の光景を目前にして、不条理の身震いを楽しむが、それはたぶん彼ら自身も不条理にかなり親しみをもっているからだろう。

フランス人もイタリア人と同じく、私の以下の言葉を聞いてほしい。再整理してみたいと思うので。

私たちイタリア人は不条理の役柄を果たしていて、私たちのサロンでは不条理が勝ち誇るが、それはフランス人の考えているものではない。ラテン的性質とかラテン的様式に言及されるときに、不条理、つまり抽象と取り違えられているものは、むしろ、極端に具体的で、通俗的でさえあるものなのだ。

イタリアの笑いは、より明らかな証明だ。それは、直ちに下品になり得る野蛮な現実の正面で爆発する。イギリス人は声を弱めてユーモアを口にし、顔がそれと分からないほどに変わる笑みになって終る。イタリアでは、爆笑の方が好まれ、それは、私たちに深い衝撃を与える物にしか起こらないのだ。

それはいったい、不幸を厄払いする方法の一つなのか? 絶望の繊細な形? あるいは、秘密の威厳の表明? それは誰にもわからない。しかし、とても残酷な何かを使わなければ、誰も私たちを笑わすことはできないのだ。

他の誰よりもイタリアの笑いを爆発させるのに恵まれていたペトロリーニという喜劇役者、真の天才がいた。ある上演の最中に、彼は舞台を去って帰ろうと、付け鼻に黒眼鏡、黒髪、手には葬式用のランタンを持って叫んだものだった。「棺桶! 棺桶はいかがですか! ご婦人用の棺桶をお買いの方には、敬意を表して、お子さん用のもお付けします!」

観衆は笑い狂ったものだ。

別の時には、ペトロリーニは公演を中断して、彼流の寓話を語りだしたものだった。盲人と薮睨みが同じ船に乗って海のまっただ中に出る。盲人は漕ぎ、薮睨みは舵を取る。「嵐が近付いているから、急げ」と薮睨みが言う。盲人は漕ぎ船の上で体を伸ばし、薮睨みの良い方の目を權で撃つ。薮睨みは顔を手で覆いながら、「着いた!」と叫ぶ。そこで盲人は船から降りようとして、溺れる。

これは確かに不条理というものだが、絶対的な一つの現実に結び付いているのだ。

ある友人の祖父は、赤貧洗うがごとしで、ナポリ駅の近くの、貧困とクチハテの記念碑であるアパートの一つに住んでいたが、そこの中庭はゴミでいっぱいで、猫のように大きな鼠が駆け回っていた。ボロは着ていたが、きちんと髭を剃り、申し分なくポマードを付けたおじいさんは、情熱と唯一の気晴らしとして、棹で釣りをしていた。バルコニーに座り、鼠を釣って、その後、絞め殺していたのだ。そして、近所の誰かの窓が開くのを我慢強く待ち続け、素早く、死んだ鼠を投げ込んでいたのだった。

毎日一日中こうなのだ。まさにしつこく、そして、いわば上手いのであって、非常に競争的なスポーツの一つにしてしまうのだ。これにはたぶん、フランス人も、イギリス人も笑えないだろう。が、イタリアでは、たまらない喜劇性なのである。

明確にしておく必要があるのは、私たちはある異常な形式主義の社会に由来しており、1914年から18年の戦争がそれに最初の大ショックを与えたが、死期の痙攣をとおして、二つの大戦の間ずっとイタリア人の生活を条件付け続けたということだ。この残酷で慈悲深い笑いは、時代の不幸に調和しており、その慣習を振り払おうとする方法の一つなのだ。

私が若いころは、誰かと知り合って相手の家に行くとき、角の折れた名刺一枚では行けなかったが、二枚ならケチとは思われなかった、という習慣がまだ生きていたということを考えてほしい。

このようなけちくさい儀礼に反抗せずにいられるだろうか。とりわけ、数百万人が数カ月、塹壕の泥に埋まってナンキンムシと鼠と共に死を待っているを見るという戦いの最後では? ある種のイタリアの若者は、すべてを非神話化し、社会に雑言を浴びせ、不条理なことをやり始め、自分たちが愚かではないということを示して楽しんだのだ。反抗は、道化の装束をまとっているときでさえ、良心の衝動なのである。

私の場合、ナポリの劇場で出会った隊長の横っ面を、もうまるで覚えていない理由でひっぱたき、決闘したことがある。私は21か22歳で、向こうはもうすこし上だった。私たちは夜明けにプッツォーリの硫気抗の決闘場に赴き、硫黄の蒸気が立ち昇る小さな火口の中で、腕が見えるようにシャツの右袖を引っ張り上げ、背中を合わせた。

決闘は、今でもまだ僅かな跡が残っている掠り傷を両者が同時に負った最初の流血で終った。相手はこの儀式にかなり本気だったが、私や私の立会人たちにはとても滑稽に思えたものだ。

おそらく、存在の悲喜劇的なこの感情こそが、完全に冒涜な時代にあってさえ世界で最もカトリック的な国であるイタリアを説明するのだろう。

[後略]

Roberto Rossellini: Quasi un'autobiografila, a cura di Stefano Roncoroni, Milano, 1987.

Copyright © 1987 Arnold Mondadori Editore S.p.A.


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